3/19の礼拝は

3/9 教会近く

◉聖書 マルコの福音書9章9−13節

 説教 「受難と復活の主」大瀧 恵理也 牧師

受難節も3回目の主日を迎えます。
受難の予告をされたイエス・キリスト様と弟子たちとの会話は、今を生きる私たちへの言葉でもあります。その語りかけてくださる主のお言葉に、共に耳を傾けませんか?

3/12の礼拝は

3/9 教会近く

◉聖書 マルコの福音書9章2-8節

説教 「ふさわしい態度で」大瀧恵理也牧師

別れと出会いの季節、「相手にふさわしい態度で接する」ことを心がける季節でもあります。けれども、私たちは必ずしも人となりや状況を的確に判断できないことや、何がふさわしい態度なのかもわからなくなることもあるのではないでしょうか。

そのような私たち人間に対する主の眼差しと導きと語りかけを、聖書より共にお聞きしませんか。

3/5の礼拝は

2/18 月影 Koganei Park

◉ 聖書マルコ8章31ー9章1節

  説教「失うことで得るいのち」大瀧 恵理也 牧師

私たちは、欲するものを得るために努力しています。しかし、努力が虚しく終わることも、また、それが自分を破滅に誘うこともあります。主イエス・キリスト様は「失うことで私たちがもっとも必要としているものを得る」とお話しされました。それはどういう意味なのでしょう。ともに主の御声をお聴きしませんか。

2/26の礼拝は

2/18 蠟梅 Koganei Park

◉聖書 マルコの福音書8章22−30節

 説教 「主の段階的ないやし」

私たちは問題が速やかに解決することを望みます。問題点をあぶり出し、課題を評価し、一番良い方法を検討する。これは私たちの営みの一部です。しかし、期待している効果が現れない、或いは、解決しているように見えても大切なことを見逃している、ということもよくあることです。私たちが問題、課題に直面した時、まず、見るべきものはなんでしょうか。主イエス様の語りかけに、耳を傾けませんか。

2/19の礼拝は

沖縄 オカメインコ

 ◉聖書 マルコの福音書8章11−21節より

説教 「人を見えなくさせるもの」 大瀧 恵理也牧師

日々の生活の中で、思い返すと「見えていなかったな」と顧みることはないでしょうか。私たちの心の目を見えなくさせるものは、何であり、どのような時なのでしょうか? 聖書には反面教師となるエピソードが記されています。ともに、主イエス・キリストさまの語りかけに耳を傾けませんか。

2/12の礼拝は

2/2 Tamagawa-waterworks

◉ 聖書 マルコの福音書8章1−9節

説教  「慈しみに満ちた主」 大瀧 恵理也 牧師

寝食を忘れて・・・とは、何かにとことん夢中になることです。マルコの福音書には寝食を忘れるほど、イエス様の教えに夢中になった群衆の様子が記されています。このイエス・キリスト様とはどのようなお方なのでしょうか?そして、このお方についていく人々に、どのような恵みを注がれるのでしょうか。

共に主の語りかけに耳を傾けませんか?

 

 

日本同盟基督教団